『林檎のレジュメ』

travelation2007-02-27

「大遊戯場」の歌舞伎町、「サディスティック」な丸の内、「頬を刺す」朝の山手通り、「豪雨」の新宿。
そんな場所に足を踏み入れると必ず思い出す人物がいる。そう、椎名林檎嬢。彼女、今年も忙しそうです。
と言う事で、椎名林檎「私物語」3部作を聴き返しながら、椎名林檎現象についてざっくり考えてみました。
彼女がギブスの下の「傷」を見せるという自意識過剰スタイルで、日本列島のうら若き乙女達のシャーマンになったのは約10年前。
そして「林檎出現」以降、自らの「傷」を惜しげも無くコミュニケーションツールに利用するプチ林檎ちゃんが続々登場。
怪しい「傷」の舐め合いが増加。皆様、舐め合うだけに終始。90年代後半から心理学化する社会へ。
その後、「私」だけで完結する物語はやはり井の中の世界であって、拡大生産された「傷」の受け手はいなかった・・・。ということで、
『ごわす!!そげんなこったで「傷」ば癒せんと!!!』『「傷」ば付こーのは、社会的要因だっちゃ!!』
と、九州出身の林檎が怒り心頭の胸中で練り上げたのが『群青日和』。ピークフレーズの「教育して叱ってくれ」は敬愛するトム・ヨークへと。
何故なら林檎女史もそうだったように、日本人の大多数がトムのイってる雰囲気だけ消費して「カッコいい」と言う。
でも、実はトムは社会問題に目を向けていて、イビツな社会を知っているからこそ、そして繊細だからこそ、イってるように見える。
それに気付いた私(林檎)を「教育して叱ってくれ」なのだ。これは大きな変化でおじゃる。
そして現在。社会学化する社会になっていると思いきや、まだ「自分自身だけ」だけが「この世のすべて」と思う人々が・・・。
でも変化はある。こんなにも林檎嬢が浮いてしまうような世相を見ると、各々の「傷」の扱いは変わってきているような気が。
繊細なフリして「傷」を見せ合うネガティブな振る舞いが淘汰。木村カエラ的に強引に「傷」を癒し合うポジティブな振る舞いが増加。
繊細から強引へ。林檎の居場所はどこへやら・・・。というわけで、今後の林檎に注目。彼女の「私物語」の次の一手は?
というくだりをもっと整理して理論武装していけば、90年代後半からの「現代の若者」が見えてきそうな気配が。